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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)7147号 判決

原告

片野伸一

原告

片野フジ

右両名訴訟代理人

中野允夫

被告

永田平吉

被告

株式会社

八神化学工業所

右代表者

永田平吉

右両名訴訟代理人

伊東秀郎

伊東孝彦

主文

原告らに対し被告永田平吉は別紙物件目録三記載の建物を収去し、被告株式会社八神化学工業所は同目録二記載の建物を収去して、各自同目録一記載の土地を明渡せ。

被告永田平吉は原告らそれぞれに対し金一万〇八〇〇円を支払え。

被告らは各自原告らそれぞれに対し昭和五六年一月一日から第一項の土地明渡ずみまで一か月金五〇〇円の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

この判決の第二および第三項は仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  原告ら

主文第一項同旨

原告らに対し、被告永田平吉は金二万一六〇〇円、被告らは各自昭和五六年一月一日から主文第一項の土地明渡ずみまで一か月金五五〇〇円の割合による金員を支払え。

主文第五項同旨

との判決および仮執行の宣言

二  被告ら

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者双方の主張

一  原告らの請求の原因

1  亡片野一郎は、昭和二九年二月一〇日、被告永田平吉(以下「被告永田」という。)に対し、片野一郎所有の別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を、普通建物の所有を目的とし、賃借人が右土地の現状を著しく変ずるときには賃貸人の承諾を要し、これに違反したときは催告および解除の意思表示を要せずにただちに契約を解除したものとするとの約定のもとに、賃貸した。

2  片野一郎は、昭和四二年五月二七日死亡し、原告らは、右一郎を相続して、本件土地の所有権を取得し、かつ、右の賃貸人の地位を承継した。

3  被告永田は、昭和四六年一月中旬、原告らに無断で本件土地を2.8メートル掘下げて浄化槽を設ける工事に着手した。そこで、原告らは、被告永田にその非を告げて工事を中止させ、交渉の結果、同年二月二一日、右当事者間に次の合意が成立した。

(一) 右賃貸借契約を昭和四六年二月二一日合意解除し、被告永田は、同五五年一二月末日までに原告らに本件土地を明け渡す。

(二) 同被告は、原告らに対し、前項の明渡猶予期間中右土地の公租公課負担分として一か月二〇〇円(3.3平方メートルあたり一〇円)の金員を支払う。

4  右合意解約は、右のように被告永田の契約違反があり、原告らにおいて賃貸借契約の当然解除を主張しうる状況のもとにおいてなされたものであるから、これについては、同被告において真実解約の意思を有していたと認めるに足る合理的客観的理由があり、他にこれを不当とすべき事情は存在せず、もとより有効である。

5  被告永田は、右3(一)の明渡猶予期限経過後も、地上に別紙物件目録三記載の建物を所有して、また、被告株式会社八神化学工業所(以下「被告会社」という。)は、同目録二記載の建物を所有して、共同して本件土地を占有している。

6  本件土地についての昭和五六年一月一日以降の相当賃料の額は一か月五五〇〇円(3.3平方メートルあたり二七五円)を下らず、原告らは、被告らの右土地占有により、同額の損害を被っている。

7  よつて、原告らは、被告永田に対し別紙物件目録三記載の建物の収去、本件土地の明渡、3(二)の公租公課負担分の昭和四七年一月一日から同五五年一二月末日までの分二万一六〇〇円の支払、被告会社に対し同目録二記載の建物の収去、右土地の明渡、被告両名に対し明渡期限後の昭和五六年一月一日から右明渡ずみまで一か月五五〇〇円の割合の賃料相当損害金の支払をそれぞれ請求する。

二  被告らの答弁

請求原因1ないし3および5の各事実は認め、同4は争い、同6の事実は知らない。

三  被告らの主張

本件土地は、被告永田が賃借以来その経営する被告会社の工場敷地の一部として使用してきたもので、第二工業の西端の部分に位置するところ、被告会社は、東京都から公害防止のための施設の改善命令を受けて、工場廃水処理のための中和槽を作る必要を生じたので、第二工場の建物を改築し、その敷地内に二個の沈澱槽を作ることとしたが、同槽のうち一個(以下「A槽」という。)は本件土地に二メートルくらいかかり、他の一個(以下「B槽」という。)は本件土地内に設置するものであった。被告永田は、右工事に先立ち、昭和四五年一二月下旬ころ、原告片野フジに対し「こんど工場の中やまわりを直す」旨を告げたが、同人が「ああそうかい」と答えたのみで格別異議のあるようなことを言わなかったので、地主の了解を得たものと思い同四六年一月中旬ないし二月初めころ、右工事に着手し、二週間くらいかかつて、A槽については穴掘りがほぼ完了し、B槽についても0.5ないし2.5メートル掘つたところ、原告片野伸一(以下「原告伸一」という。)から、契約違反として工事の中止と掘つた穴の復旧を要求され、さらに本件土地の明渡を要求されるに至つた。同被告は、ただちに工事を中止したものの明渡は拒んでいたところ、原告伸一は、一〇年後に明け渡すよう求め、さらに、一〇年たつたらまた相談に乗ると言い、次いで同年二月二一日ころ、昭和五五年一二月末日かぎり本件土地を明け渡す等の趣旨を記載した合意書(甲第一号証)を用意して、同被告の不在中、その妻永田八重子にこれを示して署名押印を求め、同女は、一〇年後もさらに貸してもらえるものと考え、同被告に無断で、右合意書に同被告の記名と押印をした。同被告は、後刻その事実を知つて、やむなく右合意書の作成を承認することとし、その翌日から約一週間かかつて穴を埋め戻し、沈澱槽のうちA槽は本件土地外の部分の穴を深く掘り、B槽に代わる一個は工場内の地上に設置するように設計を変更し、昭和四六年三月四日、原告伸一に設計図を示して、その承諾を得、工事を行なつた。なお、右設計変更後の改築建物は、鉄骨を組んでその上に沈澱槽を設置したほか、建物の土台を全部取り替え、内外の壁をモルタルで塗り、屋根を一部修理するなどして、堅牢性を増したもので、一〇年後の明渡を容易にしたものではない。以上の次第で、本件合意解約につき、被告永田には真に土地を明け渡す意思はなく、右解約の前提とされた同被告の改築工事は、当事者間の信頼関係を破壊するほどのものではなく、それ自体を契約解除の原因とするに足りないものであつたから、賃借人が真実土地賃貸借契約を解約する意思を有すると認めるに足りる客観的合理的理由があつたとはいえない。また、原告らは、亡片野一郎を相続して広大な土地を所有し、本件土地の明渡を求める必要はまつたくなく、これに反し、被告会社の第一、第二両工場の廃水を一括処理するには本件土地が必要で、付近に代替土地もなく、本件土地を明け渡すならば被告会社の経営自体が成り立たないこととなるので、このような点において、本件合意解約を不当とする事情も存するのである。したがつて、本件合意解約は無効である。

三  被告ら主張に対する原告らの反駁

被告らの主張のうち、本件土地が被告会社の工場の敷地でその西端にあること、被告らが、その主張のころ、本件土地を掘下げて二個の浄化槽を設ける工事に着手し、本件解約の合意成立後にこれを埋め戻したこと、本件合意書作成にあたり、被告永田の妻八重子が同被告の署名押印を代行したこと、その後、原告らが、被告らの示す設計図による地上建物の改築を承諾したこと、以上の事実を認め、その余の事実を否認する。右のように、土地を大きく掘つて堅牢で原状回復の困難な工作物である劇薬の浄化槽を設置することは、普通建物所有の目的と相容れないものであり、原告伸一は、被告永田の事前の承諾の申入れに対してこれを断つたにもかかわらず、同被告は、昭和四六年一月中旬ころ、右工事を開始し、同原告の制止を無視して同年二月一七日ころまで工事を続行した。このような行為は、明らかに原告らとの間の賃貸借における信頼関係を破壊するものであつて、賃貸借契約の無催告・当然解除の原因となるものであつた。そこで、原告伸一は、被告永田に対し本件土地の明渡を要求し、交渉の結果、同被告は、弁護士の指導を仰いだうえで、明渡期限を一〇年後とし、その間の賃料の免除を受けて、本件土地を明け渡すことを承諾し、同年二月二一日、原告伸一から本件合意書(甲第一号証)を読み聞かされその内容を了承して、妻に代筆を命じ署名押印させた。その後、同被告が設計変更をし同原告の承諾を得て行なつた工事は、建物の補修程度のもので、一〇年後に容易に明渡をなしうるようなものであつた。したがつて、本件解約には、請求原因4記載のとおりの有効要件が存したものである。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1ないし3および5の各事実は、当事者間に争いがない。

二1 建物所有を目的とする土地賃貸借契約の期限付合意解約は、合意に際し賃借人が真実解約の意思を有していると認めるに足る合理的客観的理由があり、かつ、他に右合意を不当とする事情の認められないかぎり、借地法一一条に該当せず、有効とされるものであり、かつ、右の要件については、合意解約の効果を主張する賃貸人においてその存在を主張立証すべきものと解されるところ、本件の合意は、昭和四六年二月二一日に賃貸借を即時解約し、明渡を同五五年一二月末日まで猶予するというものであるが、このような明渡期限の猶予を伴う即時の合意解約も、法形式は異なつても、実質において期限付合意解約と異ならず、借地権の存続期間および法定更新等に関する借地法の規定を潜脱する目的に利用されるおそれのあるものであるから、期限付合意解約に準じて、右と同様の要件により、その有効性を制限することを要するものと解される。

2  よつて検討するに、〈証拠〉を総合すれば、被告永田の主宰する被告会社は、本件土地の東側に隣接する同被告所有土地上の工場で金属メッキ業を営み、本件土地上の建物部分は金属研磨業を営む訴外須藤林に賃貸していたが、公害規制の強化に基づく東京都の勧告により、青酸等の廃液の処理施設を増設する必要に迫られ、そのため本件土地を使用する必要があるとして右須藤に明渡を求め、裁判上の和解により、昭和四五年一二月末日までに右建物部分の明渡を受け、右建物部分と被告会社の工場の内部の地下に、廃液を中和処理する施設の一部として沈澱槽を二個設置する工事に着手したこと、右沈澱槽は、土地を約2.5メートル掘り下げたうえ、横2.5メートル、縦八メートル、深さ二メートルの鉄製またはコンクリート製の堅固な構造物を埋設するもので、そのうち一槽は、過半が隣地内にあるが、縦約二メートルの部分が本件土地内にあり、他の一槽は全部本件土地内に設けられるものであつたこと、被告永田は、着工に先立ち、同年一二月末ころ、原告片野フジに、工場を直す旨を告げたが、右のような工事内容を原告らに告げてその承諾を求めることはせずに、右工事に着手し、原告伸一は、着工後間もなくこれを知つてただちに被告永田に中止を求め、同被告がこれを無視してなおしばらく工事を続けたため、同原告は、契約違反を主張して、同被告に本件土地の明渡を請求し、昭和四六年一月中に持参された同年分の地代(一か月一坪あたり三〇円、本件土地を二〇坪として六〇〇円)の受領を拒否し、妥協案として一〇年後に明け渡すよう求め、一〇年経過後に再度話合いに応じてほしい旨の同被告の懇請については明確な約束をすることを拒み、同年二月二一日、同被告方に、「本日賃貸借契約を合意解除すること、原告らは昭和五五年一二月末日まで土地明渡を猶予し、同被告は同日かぎり本件土地を更地に復し無条件で明け渡すこと、原告らは同被告が右期日までに任意に明け渡すことを条件に本件土地に対し使用料の請求をしないものとし、ただし、同被告は原告らに公租公課負担分として坪あたり月額一〇円を支払うこと、同被告は、原告らの書面による承諾なくして、土地の原状の変更、地上工作物の増改築またはその変更工事、地上工作物の譲渡等をしてはならず、これに違反したときは当然に期限の利益を失い、ただちに本件土地を明け渡すこと」などの趣旨を記載した合意書(甲第一号証)を持参して、同被告に読み聞かせ、同被告は、その内容を了承して、同席していた妻八重子をして右書面への署名押印を代行させたこと(八重子が同被告の氏名を記載し押印したことは当事者間に争いがない。)、その後、被告永田は、八割くらい掘つていた前記の穴を埋め戻したうえ(埋め戻した事実は当事者間に争いがない。)、浄化槽は隣地の地上および地下に設け、本件土地上の建物については、被告会社の工場の一部として使用するように、屋根は従前のままで、基礎コンクリートを補修し、土間にコンクリートを打ち、壁にモルタル塗を施す等の工事をなすべく設計変更をし、昭和四六年三月四日、原告伸一に設計図を示して、右合意書に基づく地上工作物の変更工事としてその承諾を得(変更後の工事を承諾した事実は当事者間に争いがない。)、同月五日ころ、同年中の公租公課負担分の支払をしたこと、以上の事実が認められ〈る。〉

3 右認定事実によれば、被告永田が被告会社のため借地内に前記のような大きな穴を掘り、地下に堅牢な工作物を設けることは、普通建物所有の目的のためその敷地として通常必要な借地利用の範囲を超えるものであり、本件賃貸借契約において禁じられている賃借地の現状の変更にあたることは明らかであつて、被告永田が原告らの承諾を得ないでその工事をしたことは、契約に違反するものであり、その違反の程度は小さいとは言えず、たとい、右工事が公害防止のための行政上の規制に適合する必要に出たことであつても、右契約違反が賃貸借当事者間の信頼関係を破壊するに足りない行為であると認めることはできない。そうすると、原告らは、被告永田に対し、右契約違反を理由に即時賃貸借契約の解除を主張して本件土地明渡を請求する権利を有していたのであつて、いつたんは即時明渡を要求したものの、譲歩して、約一〇年間明渡を猶予し、しかもその間従前の額の賃料の支払を免除することとして、合意解約を選んだものであり、被告永田としてもこれを承諾せざるをえない状況にあつたものであるから、右合意は、借地法の規定を潜脱するような意図によるものではなく、真の合意解約と明渡猶予であることが明らかというべきであり、たとい、被告永田において、一〇年経過後に原告らが話し合いに応じて再度賃借することができるであろうとの期待を内心抱いていたとしても、右合意時に賃貸借を解約する意思がなかつたとはいえない。なお、本件土地が被告会社の工場の西端部分にあたることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、被告会社の第二工場の敷地のうち本件土地の占める割合は僅少であると認められ、前記認定のように、従前は被告会社は本件土地上の建物部分を自ら使用せず、須藤林に賃貸していたものであり、本件合意解約後は公害防除施設としての沈澱槽等を本件土地外に設置したという事情を考えれば、本件土地上の建物部分を収去して土地を明け渡すことによつて、被告会社の工場の経営が不可能となるほどの事態を生ずるものとは認められない。

そうすると、本件合意解約については、被告永田において合意時に真実解約の意思を有していたと認めるに足る合理的客観的理由があり、かつ、右合意を不当とする事情は存しないというべきであるから、右合意解約は有効であり、同被告は、原告らに対し、右合意にかかる明渡猶予期限の経過時に本件土地を明け渡すべき義務を負い、被告会社もこれを占有する権原を失つたものというべきである。

三1  被告永田は、昭和四七年一月一日から昭和五五年一二月末日まで約定の一か月二〇〇円(一坪あたり一〇円、二〇坪分)の割合による公租公課負担金合計二万一六〇〇円を原告両名に平分して一万八〇〇円ずつ支払うべき義務がある。

2  明渡猶予期限経過後の本件土地の賃料相当損害金の額については、原告本人片野伸一の尋問の結果中に、近隣の地代について供述する部分があるが、これと本件土地との諸条件を比較検討する資料がないので、右供述はただちに採用しがたく、他に原告ら主張の額が相当額であることを肯認するに足りる資料はない。しかし、本件合意解約時の約定賃料月額六〇〇円を基礎として考えると、その後賃貸借が存続していれば、少なくとも三年に一度約二割ずつの賃料の増額は可能であつたと経験則上推測することができるから、昭和五六年一月一日当時における賃料は月額一〇〇〇円を下らなかつたものと推認すべく、したがつて、右の日以後被告らが権原なく本件土地を占有することによつて原告らの被る損害の額も右金額を下らないものと認めるのが相当である。そして、このような共有土地の共同占有による損害賠債請求権は、義務者については不真正連帯の関係によつて各自が全額について支払義務を負うが、権利者については分割されるものと解すべきであるから、被告らは、各自原告ら各々に月額五〇〇円を支払うべきである。

四以上の次第で、本訴請求中、原告らが被告らに対し本件各建物を収去し本件土地明渡を求める部分は、理由があるから、これを認容し、金銭請求については、原告らがそれぞれ被告永田に対し一万〇八〇〇円の支払を求める部分ならびに被告ら各自に対し昭和五六年一月一日から土地明渡ずみまで一か月五〇〇円の割合による金員の支払を求める部分はいずれも理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却し、民訴法八九条、九二条但書、九三条一項但書、一九六条を適用し、なお、建物収去土地明渡を命ずる部分については仮執行の宣言を付するのは相当でないから、その部分の申立を却下することとして、主文のとおり判決する。 (野田宏)

物件目録、図面〈省略〉

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